プロジェクト茨城 永遠のゼロ

筑波海軍航空隊記念館
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記念館のペンダント

記念館のペンダント

「永遠の0」で描かれる特攻隊は『神風特別攻撃隊 筑波隊』という設定でした。実在した筑波隊の中の金井正夫少尉とある女学生のお話です。

筑波海軍航空隊プロジェクト/永遠のゼロ

1945(昭和20)年、一人の女学生の元に封筒が届きました。封筒は厚く、手紙と2つのペンダントが入っていました。

はじめは、彼女が先生に勧められ、兵隊さんを励ます目的で手紙を書きました。その手紙が届いた先が金井正夫少尉、筑波海軍航空隊の予備士官でした。二人の手紙のやりとりは次第に増え、200通にも及びました。ですが戦時中、二人の出会いが叶う事はありませんでした。

最後の手紙と共に入っていた手造りのペンダントは爆撃機の風防(コクピット)のガラスを材料としたものでした。零戦を象(かたど)る金井少尉がこれから搭乗すると思われるガラスの飛行機。もう一つは2人のイニィシャルが彫られたハートの形のペンダントでした。

筑波海軍航空隊プロジェクト/永遠のゼロ

■ペンダントが記念館に展示されるまで

私達記念館スタッフは、そのペンダントを記念館の展示品として譲って頂く事を、毎年の慰霊祭にいらっしゃるその元女学生にお願いし、快諾して頂きました。ところが、記念館開館間際になっても、そのペンダントは届きません。私達スタッフは催促のご連絡をしようかと迷っていた頃、ギリギリになってそのペンダントが一通のお手紙と一緒に届きました。

■ペンダントと一緒に届いた手紙

スタッフ様

先日は記念品の数々お送り戴きまして有難うございました。心よりお礼申し上げます。

金井さんよりの「ペンダント」お送り致します。

いよいよ我が手より離れて行くと思いますと、一筋々々の彫り跡がとても愛おしく一日のばしになってしまいました。お許し下さいませ。

頂いたのは、小箱と共に風防ガラスで作った小さな飛行機とハートのペンダントで一度だけ鎖をつけて身に付けましたが、大切な宝物なのでずーっと小箱と共に手元にありました。小袋に入れて大切にしておりました。

どうぞよろしくお願い致します。

               

25年12月2日

■金井正夫少尉の最後の手紙

何から書き出していいのかわかりません。

外は春雨がシトシトと降りつづけていますし、ラジオの歌が静かに聞こえています。

静かな晩です。

天候回復をまち出撃します。この雨が降らなかったら、今日今頃はもう散ったかも知れません。

前線は私達の来るのを今か今かと待っています。

男の最期です。思ひ切り働いてみます。

同じ内地の土を踏みしめながら会へないのは残念ですが、かえって未練なく飛び立てます。沖縄の戦果の中に私の生涯の幸が、印されるでしょう。攻撃、絶対に生還はできません。敬ちゃんのように死に度いと思っています。

敬ちゃんは偵察員の本領とも云ふべき死にかたです。私もいい死場所を得たと、信じています。ご安心下さい。最近の写真を送り度いと思っていましたが、撮す機会もなく実現しませんでした。

丁度私も頬髪を伸ばし始めた時です。一糎はのびているでしょうか。頭はのばしませんでした。

兄さん。敬ちゃんの写真を見たいと思っていましたがこれも駄目でしたね。然し攻撃の時はみんなの写真をもってゆきます。

旅館の桜はもう満開です。多分故里の桜も満開今盛りの頃だと懐かしく思い出して居ります。弘法山なぞみんな楽しい思い出です。

風が少し出てきた様です。明日は晴れるでせう。九州南端の基地まで進出します。三浦先生は、志布志の町とか。

本当に親孝行もこれからと思っているうちでしたが、御両親はじめ兄弟みんな長生きして下さい。

書いても書いても何を書いたのか。何か書き忘れた様な気がしてなりません。ただただ無理をなされぬ様に御長生き下さい。

ご両親様
兄弟皆様

国やぶれて何の山河ぞ。必ずや成果を上げ、ご期待に副ひます。

窓外の煙雨を眺めながら静かに出撃を持って居ります。故郷の山河を回想しつつ、だれか白頭山節を歌って居る。

泣くな嘆くな必ず還る 桐の木箱に錦着て 逢いに来てくれ 九段坂

御健闘をお祈り致します。

正夫

筑波海軍航空隊プロジェクト/永遠のゼロ

金井正夫少尉

神風特別攻撃隊第1筑波隊員としてアメリカ輸送船団に特攻。
享年23。



筑波海軍航空隊跡地は、旧海軍最後の司令部庁舎をはじめ、滑走路、供養塔、号令台、地下戦闘指揮所、掩体壕など日本最大規模で残る戦争遺構です。この遺構を後世へ残すことは文化的・歴史的意義があるのでは無いでしょうか。『永遠の0』の舞台となったこの遺構の存在を多くの方に知って頂きたいと願います。